来 歴


夢の中の一本の青い木


人間の成熟の意味を
まだ知らなかったころ
庭のアカシアは
私の肩の高さで
柔らかな葉先を揺らしていた
私もまた
立ち上がったばかりの
かぼそい一本の木に過ぎなかった
やがてアカシアの春と秋は
私の背丈を遥かにしのいだ
私は痩せた鳥になって
アカシアの梢に舞い上がろうとする
夢の中では
天の高みへ昇りつめようとして
激しく羽ばたく
黒い鳥になっていたりする
何を呼ぼうとしていたろうか
あの夢の中の鳥は

六月の風はあまねく吹き渡り
そよぐ緑は地に満ちている
それなのに
空を渇望してやまないアカシア
緑のさざめきが
潮のようにひいてしまったあと
夢の中にまで
私のことばを追ってきて
飛べ飛べとせき立てるのは
私のアカシアの声だ
存在のありかを
庭じゅうに探し求めたあげく
細密な地下のドラマを
書き上げてしまったアカシア
蒼天に枝をのべながら
一度の飛翔も許されぬ代償を
鳥の声になぞって見せるのか
亭々たるアカシアよ
歳月がめぐらした
成熟の重みに足をとられながら
なおも身を乗り出してやまないもの
夢の中に直立する一本の青い木

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